
ログ第1回:LDEの夜明け――40年前、あの教室の沈黙から
1. 録音テープに残された「異様な静寂」
40年前の大学の教室。私はいつも最前列に陣取り、教授の言葉を一言も漏らさぬようテープレコーダーを回していました。
当時の講義といえば、後ろの方からは学生たちの私語が聞こえてくるのが常です。
録音したテープを後で聞き返すと、周囲の雑音で肝心の講義が聞き取れないことも珍しくありませんでした。
しかし、その教授の講義だけは違ったのです。
2. 「一人ひとり」に届く声
教授の声には独特の「張り」がありました。
それは単に声が大きいということではなく、言葉の一つひとつに、聴く者の背筋を伸ばさせるような力動性——まさに「気」が宿っていたのです。
教授は教壇から、大勢に向けてではなく、そこに座る「私」一人ひとりに直接語りかけてくるようでした。
その圧倒的な熱量に、騒がしかった教室からは私語が消え、録音テープには教授の澄んだ声だけが、まるで真空の中で響くように記録されていました。
3. 「芸術的センス」という雷鳴
その静寂の中で放たれたのが、あの言葉です。
「身体はピアノ、心はピアニスト、精神は芸術的センスである」
商学部の学生として、効率や数字の世界にいた私の頭上に、雷が落ちたような衝撃でした。
「心」のさらに奥にある「精神」。
それは技術ではなく「センス」なのだ。
人生という曲をどう奏でるかは、自分自身の内なる芸術性にかかっている。
その時、教授が語っていたのは、ヴィクトール・フランクルの**「次元的存在論」**でした。
4. 分からない、けれど惹かれる
当時の私には、その哲学的な体系がどう自分の人生に関わってくるのか、全く分かりませんでした。
しかし、一番前でテープを回しながら、私は直感していました。
「この『精神のセンス』を理解しなければ、私の人生は始まらない」と。
この直感はやがて、絶版となった300ページの著作をコピーし、紐で綴じるという、40年にわたる執念の探究へと私を突き動かしていくことになります。
5. 心理学の常識を覆す一言
教授は、黒板に大きく「個性」と書き、こう言いました。 「心理学とは、平均的な人間を測るものではない。一人ひとりの『個性』を研究する学問である」
当時の私は驚きました。心理学とはもっと、心の法則やパターンを見つけるものだと思っていたからです。
しかし教授の言う「個性」とは、単なる性格の違いではなく、その奥にある**「精神」**そのものを指していました。
6. 「精神」という名の唯一無二性
- 身体と心: これらは遺伝や環境、過去のトラウマによってある程度決まってしまう「取り替え可能な部品」のような側面があります。
- 精神(個性): しかし、その楽器(身体)を使い、そのピアニスト(心)を指揮して、どんな音色を奏でるかを決める「芸術的センス」だけは、誰にも真似できない、あなただけのものです。
教授が教えてくれたのは、**「精神とは、宿命に屈しない個性の輝きである」**ということだったのだと、今なら分かります。
「親からもらったばかりの、小さなマイクロテープレコーダー。
私はそれを一番前の席で握りしめ、教授の言葉を一つも漏らさぬよう全神経を集中させていました。
その小さなカセットテープに刻まれたのは、単なる講義内容ではありません。
私の人生という演奏を導く『芸術的センス』、すなわち精神の目覚めだったのです。」