
第1回:40年前の図書館、一冊のコピーから始まった
私が提唱する「ロゴダイナミック実存主義(LDE)」が体系として完成したのは、2025年11月頃のことです 。
しかし、その種(ロゴス)がいつ蒔かれたのかを振り返れば、それは40年以上前、私がまだ大学生だった頃に遡ります 。
当時、名前も理論もまだ存在していませんでしたが、私は知らず知らずのうちに、この哲学をすでに生き始めていました 。
LDEの言葉を借りれば、これは「事後的自由」――つまり、過去の事実が、後の解釈によって必然的な物語へと変わった瞬間のお話です 。
商売人の息子、商学部へ行く
私の実家は商売をしていました 。
しかし、私自身は「自分は商売には向いていない」と痛感しており、親からも「お前が商売をしたら店が潰れるな」と言われていたほどでした 。
これといった夢もなく、ただ「真面目である」ことだけが取り柄の青年でした 。
結局、推薦で入学できる大学の商学部に入りましたが、そこで運命の出会いが待っていました 。
一般教養科目の「心理学」の講義です 。
最前列でのテープ起こし
当時の私は自分に自信がなかったので、「今日より明日を1%より良く生きる」ことを信条にしていました 。
この小さな積み重ねが、後にLDEにおける「1%当為変圧(1%行動原理)」へと繋がっていくのですが、当時は必死でした 。
せっかく大学に入ったのだからもったいないと思い、講義はすべて一番前の席で聴き、テープレコーダーに録音しました 。
そしてアパートに帰ってからテープを何度も聞き直し、ノートに書き写す作業を繰り返していたのです 。
ピアノとピアニストの謎
その心理学の教授は、ヴィクトール・フランクルについて熱心に研究されており、ある日、非常に印象的な比喩を語られました 。
「人間は『身体』『心理』『精神』の3つに分けられる。 **身体は『ピアノ(楽器)』**であり、**心理は『ピアニスト(演奏者)』**である。 そして、**精神とは『ピアニストの芸術的センス』**である」
当時の私には何が何だか分かりませんでしたが、なぜかこの「精神=芸術的センス」という言葉に、私の良心が激しく共鳴しました 。「これは何か大変な真理だ」と直感したのかもしれません 。
執念の探索と、40年越しの伏線
私はその出典を知りたくて、講義の後に教授に質問しに行きました 。
教えられたのは、ドナルド・トヴィディー著『フランクルの心理学』という本でした 。
さっそく図書館で探すと、すでに廃版となっており、書店では手に入らない貴重な一冊でした 。
「どうしても手元に置きたい」。そう思った私は、借りたその本を全ページ、コピーしました 。
そのコピーは、40年以上経った今でも私の手元にあります 。

当時、私が何気なく行っていた「原典を求めて食い下がる」という行動 。
これこそが、商売には向かない私の精神(個性)が、無意識にLDEを実践していた証だったのです 。
次回予告:地獄の営業現場で「0.2秒」を掴む
「自分は商売に向かない」と信じていた私が、社会に出て最初に直面したのは、あろうことか最も苦手な「保険の営業」でした。
次回、恐怖のインターホンを前に、私はフランクルの理論を「生存のための武器」へと変えていくことになります。